本人が困っている問題と、周囲の人が困っている問題にズレがある
精神科の医師が、診察中にもっとも注意を払うのが「本当に困っていて、助けを求めているのは誰なのか」ということです。
一つ例を挙げましょう。
70代の男性が「家族から心療内科で診てもらうよう言われたから来た」と、一人で受診されました。問診をして、本人が不眠で困っている様子なので、睡眠導入薬を処方しました。
その後、家族の方から「じつは物忘れの症状を診てほしかった」という電話がありました。
そこで後日、男性と家族の方が一緒に来院され、物忘れの検査を行い、今後の治療について説明しました。
しかし本人には物忘れの自覚がなく、睡眠薬以外の薬は飲みたくないとのことでした。
このように、本人が困っている問題(不眠)と、周囲の人が困っている問題(物忘れ)とに、ズレがある場合はどうすればいいのでしょうか。
「先生から薬を飲むよう説得してほしい」「だましてでも薬を出してほしい」と、医師に全部丸投げしようとする家族もいます。
ここで大切なのは、患者さんのことでもっとも困っていて、本人の病気を何とかしたいと思っている人が、治療の主体とならざるを得ないということです。
この治療モデルでは、本人が不眠で困っていたので、その点で治療関係を結ぶことができました。
そして、不眠の治療を続けるなかで、物忘れやそれにまつわる問題も、少しずつ対応することも可能でしょう。
治療が難しいのは、本人が何も困っていない場合
もっとも治療が難しいのは、本人が何も困っていることはないと思っているケースです。
本人が何も困っていなければ、わざわざ治療を受ける動機がありません。
その場合、本人の病気のせいで困っている家族が治療の主体となり、本人を病院に連れていったり、きちんと薬を服用させたり、あるいは問題が起こった時にどう対応すべきかなどを、医師と相談を続けていくことになります。
精神科の治療では、もっとも困っている人が治療の主体となりますが、それは必ずしも患者さん本人とは限らないのです。
(備考)
この記事は『こころの病気を治すために「本当」に大切なこと : 意外と知らない精神科入院の正しい知識と治療共同体という試み 』(青木崇・著)の内容を一部抜粋・改編したものです。
青木 崇(精神科医)
1970年川崎生まれ。1996年京都大学医学部医学科卒。
京都第一赤十字病院研修医、富田病院(函館)常勤医師を経て、2005年国立清華大学人類学研究所(台湾・新竹)卒(人類学修士)。帰国後、のぞえ総合心療病院(久留米)、江田記念病院(横浜)で勤務。2018年からは外務省在外公館で医務官として勤務している。精神科医、精神保健指定医、日本精神神経学会精神科専門医・指導医。『こころの病気を治すために「本当」に大切なこと : 意外と知らない精神科入院の正しい知識と治療共同体という試み 』
著者・青木崇(精神科医)