精神科の変遷
かつて、精神科といえば「精神病院」とよばれる精神科だけの病院を意味していました。
しかし80年代以降、大きな病院には「精神科」外来が開設され、それはいつしか「心療内科」という親しみやすい名前となり、近年では「メンタルヘルス科」というヨコ文字が使われるようになりました。
街中にはメンタルクリニックが続々と開業し、駅前に何軒も軒を連ねる状況となっています。
ところで、精神科、心療内科、メンタルヘルス科、一般の人でこれらの違いがわかる人はどれほどいるでしょうか。また、どこに受診すればいいか迷う人もいるでしょう。
心療内科とは
心療内科については、いまいちピンとこない人が多いと思います。
心療内科は「内科」という言葉が使われているように、本来は内科の一領域です。
英語ではpsychosomatic medicine(心身医学科)と表記されます。
心身医学とは心身症、いわゆるストレスが原因と考えられる身体疾患(高血圧症、胃潰瘍、過敏性腸症候群など)を扱う医学です。
「狭い意味での心療内科医」とは、大学卒業後、内科あるいは心療内科で心身医学を中心とした研修を受けた医師で、特にストレスと疾患の関係を重視し、内科的治療と同時に向精神薬の処方など精神科的治療も行います。
一般的には、精神科の医師よりも内科の診療能力が高く、ストレスから生じるめまいや吐き気、頭痛や腹痛といった心身症の症状を専門に診る一方で、うつ病や認知症、時には統合失調症の患者さんを診ることもあります。
ただし、心療内科を掲げる医師でも、精神科病院での十分な治療経験がない場合、統合失調症を見逃したり、入院治療への移行のタイミングを逸したりする恐れがあるので、その点は気をつけた方が良いでしょう。
もちろん、この逆のパターンで精神科医が心身症を診ることもあり、特に総合病院では、他の診療科と協力して心身症を治療することもあります。
2004年から導入された新研修医制度によって、数カ月ごとに内科や救急などへの研修が必修化されたので、精神科医の内科診療能力も少しは向上していくでしょう。
特に、精神科医がクリニックを開業する際、患者さんが受診しやすいよう心療内科も標榜するケースが多く見られます。その結果、心療内科のなかには本来の心療内科医と、精神科医が混在することになっているのです。
【各診療科と扱う疾患】(図)
メンタルヘルス科とは
最近よく目にする「メンタルヘルス科」ですが、これはおそらく患者さんが受診しやすいように、つまりは心理的な敷居を低くするために生まれた名称で、精神科と心療内科の両方が含まれていると思われます。
同じような使われ方として「心療科」「心療クリニック」「メンタルクリニック」などがあります。
精神科から心療内科へ、心療内科からメンタルヘルス科へ、そして将来的には患者さんが受診しやすい新しい名称が作られるかもしれません。
本来は「精神科」という名称のままで、そこで治療される精神疾患も偏見なく理解され受容される社会がまっとうな社会だと思うのですが、現実的には、社会の成熟を待つよりも、いま現在、受診をためらっている人が、少しでも多く受診できるよう工夫していくことが重要であり、優先すべきことでしょう。
(備考)
この記事は『こころの病気を治すために「本当」に大切なこと : 意外と知らない精神科入院の正しい知識と治療共同体という試み 』(青木崇・著)の内容を一部抜粋・改編したものです。
青木 崇(精神科医)
1970年川崎生まれ。1996年京都大学医学部医学科卒。
京都第一赤十字病院研修医、富田病院(函館)常勤医師を経て、2005年国立清華大学人類学研究所(台湾・新竹)卒(人類学修士)。帰国後、のぞえ総合心療病院(久留米)、江田記念病院(横浜)で勤務。2018年からは外務省在外公館で医務官として勤務している。精神科医、精神保健指定医、日本精神神経学会精神科専門医・指導医。『こころの病気を治すために「本当」に大切なこと : 意外と知らない精神科入院の正しい知識と治療共同体という試み 』
著者・青木崇(精神科医)