細菌が人間を操る?
人間をはじめ、生物は「脳の思考によって行動する」というのが一般的な認識です。
SF映画には、寄生虫が人間に寄生して、人間を操るなんてストーリーもありますが、果たして、このように寄生虫が生物を操るといった話は絵空事なのでしょうか?
じつは現実世界でも同じようなことが起こっているのです。
いくつか例を紹介しましょう。
カタツムリに寄生する寄生虫(ロイコクロリディウム)は、鳥の糞を通じて卵を拡散させます。
そのため、カタツムリが鳥に見つかりやすいようにツノを肥大させ、木の枝の先にカタツムリがとどまるように仕向けます。そして、カタツムリを鳥に捕食させ、鳥の糞を通じて卵を拡散させるのです。
アリに寄生するカビは、寄生したアリを木の枝の高いところに移動させ、そこでアリが死んだ後に胞子をまき散らし、より多くのアリがカビに感染するようにして繁殖します。
芋虫に寄生するウィルスも同様に、芋虫を木の高いところにとどめ、身体が溶けて死ぬと、その体液が下の葉に降りそそぎ、その葉を食べた芋虫に再感染することで広がります。
このように生物に寄生した、寄生虫、菌、ウィルスが「繁殖のために宿主を操作する」という現象は生物界の至る所で見ることができます。
昆虫だけでなく、高等動物である哺乳類にもこのような現象は見られます。
トキソプラズマはあらゆる哺乳類、鳥類に感染する寄生虫ですが、通常、トキソプラズマはネズミを媒介して猫に感染します。
トキソプラズマが感染したネズミは、警戒心や反射神経が低下して「猫に食べられやすくなる」ことで、次の宿主(猫)に伝染して広がります。
さらに恐ろしいことに、トキソプラズマが感染した人間は、交通事故にあう確率が2倍になるとの報告があります。
これはトキソプラズマ感染が、警戒心や反射神経の低下と関連しているのではないかと考えられています。
このように寄生虫、菌、ウィルスなどの寄生生物が宿主の神経系に働きかけて、自分の生存や繁殖に有利な行動を宿主に行わせることは生物学の常識になっています。
太りやすい体質の正体とは?
さて、話はがらりと変わりますが、人間には「太りやすい体質」と「太りにくい体質」があります。
これは「同じカロリーを摂っても太る人と太らない人がいる」という代謝や吸収効率の問題だけではなく、「太りやすい体質」の人は「人よりも余計に食べる」「間食を我慢できない」といった摂食行動の影響が大きいようです。
ついつい食べ過ぎる人、間食を我慢できない人は、脳から「たくさん食べろ」「すぐに食べろ」という刺激が、太らない人よりも強く出ていて、食欲が強い人です。
では、なぜ人によって食欲の差があるのでしょうか?
そもそも食欲とは、なんなのでしょうか?
かつては胃袋が満たされると食欲が収まり、食物が消化され、胃に余裕ができると食欲が湧くと考えられていました。
その後、血液中のブドウ糖濃度が高まると、レプチンという「満腹ホルモン」が分泌され、食欲を抑制することがわかりました。
実際、マウスの実験によると、レプチンが作られないようにしたマウスは、餌を大量に食べ続け、肥満に至ったという結果が出ています。
さらに近年、腸でもレプチンとは別の「満腹ホルモン」(GLP-1、PYY)や、逆に食欲を増進する「食欲ホルモン」(グレリン)が胃から分泌されていて、それが脳の食欲中枢に働きかけて食欲をコントロールしていることがわかりました。
つまり「太りやすい体質」の正体とは、
「食欲ホルモンが出やすく、満腹ホルモンが出にくい体質による過剰な摂食行動」
だったのです。
腸内細菌と肥満の関係
では、このようなホルモンの分泌に差が生じる原因は、どこにあるのでしょうか?
遺伝的な体質など、さまざまな要因がありますが、近年注目されているのが腸内細菌の働きです。
アメリカ・セントルイスのジェフリー・ゴードン博士らの研究グループが、肥満女性と適正体重女性の双子4組を選び、彼女らの便をマウスに移植して低脂肪・植物性の餌を与えたところ、肥満女性の便を移植したマウスでは体重と体脂肪が増加しました。
そこで、肥満女性の便と、それを移植したマウスの便を調べると、適正体重のグループに比べて腸内細菌の種類が少なく、特に乳酸菌やビフィズス菌などの善玉菌が減少してることがわかりました。
この結果から「肥満型腸内細菌叢」「痩せ型腸内細菌叢」があるのではないかとの仮説が生まれました。
さらに、両者の腸内細菌叢を比較してみたところ、痩せ型腸内細菌叢では肥満型にくらべて、乳酸菌やバクテロイデスが多いことがわかりました。
乳酸菌やバクテロイデスなどの細菌は、難消化性の食物繊維やオリゴ糖を発酵・分解して、乳酸、酢酸、酪酸などの短鎖脂肪酸を産生します。
短鎖脂肪酸は、満腹ホルモンの分泌を促進し、食欲ホルモンの分泌を抑制する作用があります。
難消化性の食物繊維やオリゴ糖を豊富に含む食品を摂った人は、血中の満腹ホルモンが増加、食欲ホルモンが減少し、食事量、体重、脂肪量が減少することが報告されています。
これは乳酸菌やバクテロイデスが作る短鎖脂肪酸が、ホルモンの生産を通じて、人間の食欲中枢に影響を与えていたということです。
ダイエット成功のコツは腸内細菌叢を整えること
ダイエットの大敵はリバウンドです。
ダイエットに成功した人の8割が1年以内に元の体重に戻ってしまったというアメリカでの報告があります。
体重を落とすことよりも、落とした体重を維持することの難しさは、ダイエットを試みた多くの人が経験上わかっていることでしょう。
「絶対にやせる!」という強い意思によってダイエットに成功しても、腸内細菌叢に乳酸菌やバクテロイデスが少なければ、満腹ホルモンの分泌も少ないため、リバウンドの可能性が高くなります。
体重を落とし、それを維持するためには、難消化性の食物繊維やオリゴ糖を豊富に含んだ食事を続けて、乳酸菌やバクテロイデスを多く含む腸内細菌叢を育てることが大事なようです。
【参考】