免疫力は上がればいいのか?
「免疫力が上がる健康法!」といったタイトルの記事や本を最近よく見かけます。
しかし「免疫」と一言でいっても、人間の免疫システムの仕組みは非常に複雑で、「免疫」というテーマで本が1冊書けてしまうほどです。
免疫システムが正常に機能するうえで重要なのは「バランスよく働く」こと。
一部の免疫系だけが強くなった場合、それはむしろ健康に悪い影響をおよぼすこともあります。
たとえば、体内に侵入した細菌などを速やかに殺す顆粒球という免疫細胞は、活性酸素を放出して細菌を攻撃します。
ところが、細菌がいない時には、その活性酸素が周囲の細胞を傷つけてしまいます。
免疫細胞の活性が高いこと、つまり免疫力が上がることが必ずしも体に良いわけではありません。
免疫というシステムには“必要な時”に“必要なだけ働く”という適切なバランスが重要なのです。
花粉症も過度の除菌が原因?
今や国民病とも言われるようになった花粉症ですが、その原因となっているのがスギやヒノキの花粉です。
日本では、スギやヒノキは貴重な森林資源として昔から植林が行われてきました。
しかし、スギやヒノキの産地で林業の人たちが花粉症で困ったというような話は聞いたことがありません。
昔は花粉に接しても平気だったのに、なぜここ数十年で、花粉がくしゃみ、鼻水、鼻づまりや目の痒みなどのひどいアレルギー症状を引き起こすようになったのでしょうか?
その理由のひとつに、近年になって衛生環境が良くなりすぎたことが原因という「衛生仮説」があります。
衛生仮説は1989年、イギリスで「子どもの頃に兄弟が多いほど花粉症(Hay fever)にかかりにくい」という疫学研究結果が発表され、それ以降、さまざまな研究によって、「幼児期に保育園に通園していた子ども」「兄弟の多い子ども」「農家の子ども」「乳児期に抗生物質の使用が少ない子ども」はアレルギー疾患にかかりづらいという結果が報告されました。
免疫はバランスが大事
免疫システムには、細菌やウイルスから体を守るTh1細胞と、寄生虫から体を守るTh2細胞があります。
Th2細胞は、ダニ、カビ、花粉に対しても反応します。
そのため、Th2細胞が過剰になることはアレルギー反応につながるのです。
私たちが生まれてくる時には、Th1細胞が弱くTh2細胞が強い状態にあります。
その後の成長過程で、さまざまな細菌やウイルスに感染することでTh1細胞の数や機能が高まり、Th2細胞とのバランスが修正されて、片方が過剰に反応しないように免疫系全体のバランスが整ってきます。
ところが、幼少期から清潔すぎる環境で、細菌やウイルスの感染を受ける機会が少ない状況で育つと、Th1細胞が育たずに、Th2細胞が強いままになってしまいます。
その結果、Th2細胞によるアレルギーが起こりやすくなるのです。
兄弟が多かったり、他の子どもと触れ合う機会の多い保育園児(幼稚園児)は、他の子どもが感染した病気をうつされることで自身のTh1細胞が育ちやすくなると考えられます。
逆に抗生物質を過剰に使用した子どもは細菌感染によるTh1細胞の成育が邪魔されて、Th2細胞が過剰な状態になると考えられています。
寄生虫がアレルギーを治す?
アレルギー反応の原因となるTh2細胞は寄生虫に対して防御する免疫系ですが、寄生虫に感染することでアレルギー疾患が治ることが発見されました。
アトピー性皮膚炎は先進国に多く、発展途上国に少ないことがわかっています。また、日本では回虫が駆除され、ほとんど寄生虫が見られなくなった1960年代中ごろからアトピー性皮膚炎や喘息、花粉症が目立ち始めました。
この関係に着目して多くの研究が進められましたが、群馬大学医学部では、マラリア原虫に感染したネズミのアトピー性皮膚炎が治ること、その原因はナチュラル・キラー細胞(NK細胞)という免疫細胞が関与していることを明らかにしました。
不潔なものも必要
免疫系は細菌やウイルスだけではなく、外界のさまざまな異物から体を護るために、非常に多岐にわたる多くのシステムが複雑に関与しあって成り立っています。
それは生物が生まれてから何十億年もの長い歴史の中で育まれてきたものなので、近年の急激な生活環境の変化が免疫系のバランスを崩してしまい、アレルギー疾患が急速に増加したということは十分に考えられることです。
子どもが友達と泥んこになって遊ぶのは、免疫系の健全な育成に必要なことのようです。
【参考】