「誤嚥性肺炎について」の記事で、誤嚥には大きく分けて「不顕性肺炎」と「(いわゆる狭義の)誤嚥性肺炎」の2つがあると述べました。
誤嚥性肺炎(不顕性肺炎は除く)のパターンには1〜3の3つの種類があります。それぞれのケースで、どのようなことに気をつけるのか確認しましょう。
(1)嚥下前の誤嚥
口に入れて「さあ飲み込むぞ!」という前に喉頭まで落下するパターンです。
このパターンでは「口腔リハビリ」で紹介した、くちびるやほっぺたと舌の運動をして、食塊の形成をうまくできるように訓練していきます。
食事介助の注意点としては、一度に口に入れる量を少なくする、トロミを適度につけるなどです。一度に口に入れる量は多くても10ml程度、ティースプーン1杯程度が目安。少なすぎても誤嚥しやすくなるので注意しましょう。
食形態は医師が決めます。介助チームは食形態をどのように変えていくか(きざみ食にするのか、流動食にするのかなど)を常に想定しながら介助を行い、チームリーダーである看護師は言語聴覚士や医師に相談していきましょう。
咀嚼機能の低下(歯・義歯が少ない、食べている時にもぐもぐと顎を動かせないなど)が見られ、食塊形成不全(なかなか飲み込めない)があればソフト食に変更した方がいいかも知れません。
きざみ食(極刻みなど)は、刻み度合いによっては咽頭でバラバラに分解してしまうので、嚥下障害の人には不適切な食形態である場合もあります。
自分の施設の食事伝票を確認しましょう。場合によっては、軟きざみトロミ食として、刻んだ食材が舌やスプーンでつぶせるかどうか確認してから食べさせる必要があります。
(2)嚥下中の誤嚥
飲み込んでいる時に食道ではなく気管に入るパターンです。誤嚥と聞くと、このパターンが一番先に思い浮かぶのではないでしょうか?
このパターンの時は咽頭から喉頭までのどこかの筋肉の動きが悪くなっていたり、食道の入り口が狭くなったりしていることもあるので、医学的なアプローチが必要になる場合があります。
このパターンは肺炎の再発率が高く、リハビリもかなり困難です。
胸鎖乳突筋や広頚筋に代表される頚部の外表の筋肉を鍛えることで、多少は咽頭・喉頭筋をフォローできるといわれていますが、私の実感としては、明らかな効果は少ないように感じます。
食事の形態や量、食事時の姿勢など、患者さんごとに最適な対処方法を探していくしかありません。
(3)嚥下後の誤嚥
無事に飲み込めたのに、梨状窩に溜まったものが食道ではなく気管に入ってしまうパターンです。「うまく飲み込みができた!」と思ったら、誤嚥してしまったという感じです。
梨状窩(食道の入り口にある凹み)に溜まる食塊の性状と量によって症状が異なります。
そもそも梨状窩がどこの部位かわからない人もいますよね。下図は手前側が背側、奥側が腹側となっています。舌に沿って、口の奥に進むと舌根、喉頭蓋が見えてきます。喉頭蓋の奥に気管の入り口があります。
その背側に、「V」のような披裂という盛り上がった堤防のような部位がわかるでしょう?
その両脇にあるくぼみ、これが梨状窩です。ちなみに、梨状窩をズイズイッと進んだ先が食道です。つまり、披裂を境目に、梨状窩から先に行けたら嚥下成功、気管の方に行くと嚥下失敗で誤嚥となります。
飲み込んだ食塊がきちんと食道に入れば問題ないのですが、食道の入り口が広がりにくかったり、早く閉じてしまったりして食塊が梨状窩に残ってしまうことはよくあります。食塊が披裂を越えて、気管に入らなければ誤嚥は起こりません。
では、このパターンの誤嚥を防ぐためにはどうすればよいでしょうか?
答えは、食物が梨状窩に溜まらないように予防することです。
これの代表格が「うなずき嚥下」といわれる方法です。
うなずき嚥下
うなずき嚥下は、飲み込み前に上を向いて、うなずきながら飲み込みます。これによって、気管入口部が狭くなり、食道入口部が広くなるので誤嚥の可能性は低くなります。
片麻痺の患者さんには横向き嚥下
(3)嚥下後の誤嚥で、誤嚥を起こしがちな片麻痺の患者さんに対する食事の介助には気をつけましょう。脳梗塞などによる片麻痺があると、麻痺側の梨状窩が大きく膨らんで、ここに食塊が溜まりやすくなり、誤嚥の可能性が高まります。
この予防策として「横向き嚥下」を覚えましょう。
座位で横を向いて嚥下すると、反対側(顔を背けてる方)に食塊が誘導されて、食道入口部は開きやすくなるんです。反対側の梨状窩が開きやすくなるんです。
片麻痺の患者さんの場合、健常側(麻痺側の反対側)を向いて嚥下することで麻痺側の梨状窩へ食塊が溜まりにくくすることができ、予防につながります(溜まった食塊を、次に嚥下した食塊で食道へ落としやすくします)。
座位保持ができない患者さんには一側嚥下
「一側嚥下」は座位保持ができない患者さんに対して非常に有効的な手段です。
まず、ベッドを20〜30度にギャッジアップします。
次に、患者さんの健常側を下にして、30度程度の側臥位にします。
この状態で嚥下すると、食塊は重力によって健常側の咽頭を通過しやすくなります。
介助者が健常側から食事介助すれば、必然的に患者さんの顔と頚は健常側に向きます。
嚥下の際、健常側の咽頭を広げ、食塊を通過しやすくするために、軽く麻痺側に顔を押します(やや上を向く感じ)。
そして、嚥下が終わったタイミングで手を離すと、顔は自然と健常側に向くはずです(やや下向き)。いわば、顔を左右に振る感じですね。そうするとことで、麻痺側の咽頭を広げ、詰まっている食塊を食道に落とし、胃からの逆流や嘔吐に備えるのです。
これに加えて「うなずき嚥下」もやってもらえれば完璧です。
これを読むと「あれ?」と思う人がいるかもしれません。
なぜなら、多くの介護の本では「食事介助は麻痺側から行う」と書いてあるからです。
なぜ、食事介助は麻痺側から行った方がいいという意見があるのでしょうか?
いくつかの理由が考えられます。
健常側から介助すると、介助者がパンチされたり、体を触られたりします。また、麻痺側に倒れやすいというのも理由の1つでしょう。
確かに、健常側から介助すると、このようなデメリットはありますが、メリットもあるということも頭に入れておいてください。
施設によって介助につく人数や、食事環境は異なるので、患者さんが転倒しないようにフォローできる人数がいる時には、この健常側介助を嚥下リハビリの一環として取り入れてみてください。
梨状窩の残留物
嚥下の際、どんなに工夫しても食塊が梨状窩に残留してしまう患者さんがいます。ただし残留物があっても、あふれなければいいので、まずは梨状窩にどれくらいの量が溜まるかを知っておきましょう。その量より少ない容量のスプーンで食べれば大丈夫なはずですから。
梨状窩の残留物が披裂を越えて、あふれ出るリミットは、だいたい3mlといわれています。だから経口飲水テストは3mlに設定されているんですね。
また、梨状窩に溜まっている食塊は、「空嚥下」(空気を飲み込むイメージ)するか、唾液と一緒に再嚥下してもらって、食道に落としましょう。
特に咽頭期に障害がある患者さんには、繰り返し嚥下することで咽頭残留物を除去する「複数回嚥下」や、異なる物性の食品(例えば食物とゼラチンなど)を交互に嚥下することで残留物を除去する「交互嚥下」も非常に効果的です。
嚥下は日常的な行為ですが、医学的に紐解いたことがある人は、耳鼻咽喉科医や一部の先進的な歯科の経験者か、もしくは嚥下マニアくらいでしょう。
疑問点は必ず医師に聞きましょう。良いアドバイスをしてくれるはずです。
高野真一郎(日本プライマリ・ケア連合学会 認定医・指導医)
昭和51年生まれ。岩手医科大学を卒業後、北上済生会病院で初期研修を修了し、外科・心臓血管外科を専攻。多摩丘陵病院、慶應義塾大学病院、東京天使病院等にて急性期治療から慢性期治療を経験。その後、やまとサンクリニック、登戸サンクリニック、八王子北クリニックにて在宅医療や介護と関わる。現在、しん平和島クリニック院長。本書は、著者が実際に使っていた看護師・介護士へのレクチャーマニュアルがベースとなっている。日本プライマリ・ケア連合学会 認定医・指導医。
しん平和島クリニック http://www.shin-heiwajima-cl.jp/
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