こんにちは、精神科医の青木です。
今回は「精神科の患者さんのわがままやなまけぐせに困っている?」という質問にお答えします。
躁状態の患者さんは気分が高揚するとわがままを言うのではないか
「患者がアピールしている」とか「わがままが過ぎる」といった声は、患者さんの家族だけでなく、同僚の医師や看護師からも耳にすることがあります。
これに関しては、私が聞いた先輩医師の報告が参考になるかもしれません。
その医師は、「躁状態の患者さんは気分が高揚するとわがままを言うのではないか」と考えたそうです。
実際、患者さんが落ち着いている時に、わがままについて話し合ったところ、気分との関係を否定しなかったそうです。
ただし、患者さんは躁的な気分の高揚に乗じて、わがままな要求をしていたことは否定しなかったものの、その時は、自分の要求を押し通すしかなかったというのです。
一見、躁状態にある患者さんは活発で行動的に見えるので、自分で何でもできそうな感じがするのですが、じつは自分で自由にできることは、意外に少ないのではないか、というのがその医師の報告でした。
うつ状態や躁状態というのは、気分(心のエネルギー)の落ち込みや高まりです。
気分の起伏がそのまま行動にあらわれていればわかりやすいのですが、活発に行動している人でも、実際は思考能力や集中力が著しく低下していたり、逆に、口ではあれこれしゃべっていても、体の反応は非常に鈍かったりすることも、ありうるということです。
神経症の患者さんの場合
似たようなことは、内因性精神疾患だけでなく、神経症の患者さんにも起こりえます。
神経症の場合、無意識の葛藤が原因で突然動けなくなったり、発作が出たりします。
しかも本人がストレスや不安を自覚していない時の方がむしろ余計にそうなりやすいのです。
さっきまで普通に歩いていた人が、何かの拍子で急にしゃがみこんでしまう、普通に振る舞っていた人が、母親の前では何もできなくなってしまう。このような行動の変化は、周りの人に「わざとではないか」とか、「これ見よがしに、嫌がらせをしているのでは」といった印象を与えてしまいがちです。
特に身近な人ほど、うがった見方をしてしまうようです。
世の中には、うつ病や神経症で苦しんでいる人はわずかで、落ち込んでいるのは単に気のせいだとか、なまけ病だと考えている人が、いまだに多いように思われます。
そして、そのような考えの持ち主がうつ病になった時、自分がうつ病であることを認めることができず、かえって病気をこじらせてしまいやすいのです。
精神疾患に対する理解を世の中に広げることは、患者さんが社会復帰しやすい社会を実現するためでもありますが、他方、病気であることを受け止めることができず、苦しんでいる人を減らすためでもあるのです。
青木 崇(精神科医)
1970年川崎生まれ。1996年京都大学医学部医学科卒。
京都第一赤十字病院研修医、富田病院(函館)常勤医師を経て、2005年国立清華大学人類学研究所(台湾・新竹)卒(人類学修士)。帰国後、のぞえ総合心療病院(久留米)副医局長を経て、2009年から関東の民間病院で病棟医長を務めている。精神科医、精神保健指定医、日本精神神経学会精神科専門医・指導医。
『こころの病気を治すために「本当」に大切なこと : 意外と知らない精神科入院の正しい知識と治療共同体という試み 』
青木崇(精神科医)